「受け月」で直木賞を受賞され、その後も「機関車先生」や「ノボさん」、「大人の流儀」シリーズなど、多くの代表作を生み出された伊集院静氏が逝去された。
はっきりした物言いについては賛否あるのかもしれないが、私自身はこれまで人生に疲れたとき、迷ったとき、悩んだとき、多くの場面で伊集院氏の書く文章に救われてきた。
気づけば自宅の本棚には、伊集院氏の本だけで埋め尽くされた場所ができている。
私は仕事や出張ではもちろん、自分自身の気持ちや考えを整理するために遠くに出かけることがあるが、その際に細かな忘れ物はいくつかあれど、伊集院氏の本だけはいつも忘れることなく抱えていた。
実は伊集院氏とは6,7年ほど前に一度だけお会いして、直接話をさせていたただく機会に恵まれたことがある。
わずかな時間、ゴルフの話など世間話の域を超えない会話を交わしただけであったが、「人を惹きつける魅力を持つ人間って、こういう人のことを言うんだな」と感じたのを今でも覚えている。
「人の死は、生きているその人と二度と逢えないだけのことで、それ以上でも、以下でもない。生きている当人には逢えないが、その人は生き残った人たちの中で間違いなく生きている」(「大人の流儀8 誰かを幸せにするために」(講談社))
伊集院氏が心からそのように思っていたのかはわからない。早い時期に奥様やご弟様を亡くされて、そう思わないと自分自身の人生を前に進めることができないと感じられたのではないかとも思う。
それでも、やっぱり「大人の流儀」シリーズの続きを読むことはもうできない、同じ世界に存在していないと考えるたびに寂しさがこみ上げてくる。
これからは何の本を抱えて旅に出ればいいのか。
それが見つかるまでは、いくら素晴らしく、いくら美しい風景を目の前にしても、かえって旅愁をかきたてられるに違いない。
もう一度お会いしたかった。
ご冥福をお祈りいたします。