「正解のない問いに満ちた世界で」

先週、東京大学入学式において行われた上野千鶴子氏による祝辞。賛否両論あるようですが、印象的だった箇所を、備忘も込めて以下に抜粋します。

■マララさん(ノーベル平和賞受賞者)のお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。

■あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、(中略)がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。

■あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。これまであなた方は正解のある知を求めてきました。これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるからです。

私の仕事の大半はゼロから1を作り出す仕事です。会社ごとに同じ方法でゴールまでたどり着くことはなく、会社の規模や文化、組織体制、業績など総合的に勘案して、いかにお客様が望むゴールに望む方法でたどり着くかを徹底的に考え議論を重ねます。

数ヶ月、数年に及ぶプロジェクトが終わって会社の方々に感謝される、喜んでもらえる。その場では私も同じように喜ぶ。
しかし、正解のない世界のため、プロジェクトが終わった帰り道では、いつも反省と後悔の気持ちで押し潰されそうになります。

また、こちらが全力を尽くしても、理不尽な対応を取られることもあります。

ちょうど本年、小売業を営む某上場企業のプロジェクトにおいて、社会人として考えられない対応をされ、まさに公正に報われないと感じた瞬間がありました。

私から理不尽な対応をした会社担当者に謝罪や反省を求めることはしません。その時間を私を必要としてくれている別のお客様の対応に振り分けたほうがよほど良い。

このような公正に報われない社会でやるべきことは、いきなり社会そのものを変えようとするのではなく、まずはこの公正に報われない社会、正解のない世界でどのように生き抜いていくかを考え行動することだと思っています。

そして、正解がない世界ということは、どれだけ頑張って努力しても絶対的な正解にたどり着くことはできない世界だということです。

いつになったら自分で自分を褒めれるような仕事ができるのか。

正解のない世界に出るということは、その終わりのない、いくつも分岐のある長い道のりを、ときには立ち止まり、ときには後退しながらも前に向かって進み続けることだと思います。

この公正に報われない社会、正解のない世界でも必要としてくれる方がいる限り、私も全力で進み続けようと思います。