5月28日の日経新聞朝刊に、「国際会計基準のルール改定 のれん償却、秋にも採決」という記事が掲載されています(以下、日経新聞より一部抜粋)。
国際会計基準(IFRS)の基準設定団体、国際会計基準審議会(IASB)のアンドレアス・バーコウ議長は「のれん」の会計処理について、議論の方向性を今秋にも採決する方針を明らかにした。
バーコウ議長は個人的な判断は決めていないとしつつも、もともと定期償却に前向きな立場だったことを明らかにした。定期償却しないIFRSの会計処理では「のれんが大きく積み上がり、企業が巨額の減損を迫られればまた金融危機が起こりかねない」とし、システミックリスクが高まっていると指摘した。
IASBでは償却の是非や、償却する場合の年数、取得先企業の買収後のパフォーマンスなどの情報開示ルールといった複数の論点をとりまとめて秋以降に段階的に採決する見通し。バーコウ議長は償却ルールを導入する場合、今後計上するのれんだけでなく、「既存分も対象にすべきだ」との見解を示した。
またのれんの償却に関する議論が出てきましたね。
2021年7月にフーガーホースト議長からIASBの議長を引き継いだバーコウ議長。のれんの処理の検討に関してもしっかり引き継がれているようで、そのバーコウ議長がのれん償却に関する議論の方向性を今秋にも採決する方針を明らかにしたようです。
のれんの償却については長年にわたり議論されていますが、私としては一貫して「これまでどおり、のれんは償却しないという結論になるだろう」という内容の投稿を繰り返してきました。
興味のある方は、以下の投稿を参照ください。
「IASBからのれんの会計処理に関するDPが公表-のれん非償却を維持へ」(2020年3月20日)
「IFRS、のれん償却に係る議論の現状」(2019年12月15日)
「IFRSで、のれんが償却になる可能性は?」(2018年9月18日)
そして、こういう記事が出るたびにお客様や同業の会計士から見解を求められるので笑、初めに私見を書いておくと、「のれんの償却処理に変わる可能性は以前と比較して高くなっているものの、今の段階ではこれまでと同様に非償却に落ち着くと考える」です。
以前の投稿で、IASBの担当者がのれんの償却処理への変更について、以下のようにコメントしている旨を記載しました。
・償却処理に変更するだけの十分な根拠があるのか。また、変更により生じるコストや混乱を上回る便益があるのかを検討する必要がある。
・ゼロから検討しているのではなく、非償却からスタートしている。過去の議論の繰り返しではなく、新しい情報が欲しい。
この点、個人的にはその後も償却処理に変更するだけの十分な根拠や新しい情報は出てきていないと感じています。
では、どうして償却に変わる可能性が以前よりも高くなっていると考えているのか。
それは、会計処理的にどちらがより正しいという話ではなく、記事にもあるように近年のれんが大きく積み上がってきており、外部環境の悪化等で多くの企業が同時に巨額の減損を迫られれば金融危機が起こりかねないという経済環境へのインパクトを緩和する必要性に迫られてきているという理由です。
特に一昨年から現在にかけて、コロナの影響でのれんの減損が多額に計上されるケースが散見されます。たしかに日本基準のように定期償却していれば、減損による影響額はある程度緩和されていたとも考えられるでしょう。
しかし、それは物事を片側からしか見ていないわけで、のれんが積み上がって金額的重要性が高まっているからこそ、のれんの処理を変更した場合に企業や経済に与える影響額や作業負担もまた大きなものとなることを忘れてはなりません(いわゆる「理論的」に考えると償却処理が妥当だという話も出てくるのでしょうが、現在に至るまでIFRS適用の「現場」を数多く見てきた私の立場からすると、実務への影響の大きさの点から償却に変更はありえないとさえ思っています。ましてや既存分まで償却の対象にするなんて、現場や経済が大混乱しまっせ。)
また、もともとIFRSでも2004年までは現在の日本基準と同じくのれんを定期償却しており、IFRS第3号の公表とともに非償却となった経緯があります。
にもかかわらず、いまだに償却処理の議論について浮き沈みを繰り返していては、企業側の合併や買収といった投資意思決定が控えられてしまう可能性があり、違った意味で経済活動に影響が出てしまいかねません。
このような理由もあり、今秋の議論の結果も従来から変更なく非償却に落ち着くのではないかという私見を有していますが、いずれにしても、一度決めたら今後数十年は変更しないくらいの覚悟で、腰を据えてじっくり検討すべきタイミングではないでしょうか。