「のれん償却前営業利益」の開示は強制すべきか?

9月4日の日本経済新聞朝刊に、「「のれん」の会計ルール ASBJが検討開始」という記事が掲載されています。

企業会計基準委員会(ASBJ)が、M&Aで生じるのれんについて、①償却期間と償却方法の考え方の明示②のれん償却前営業利益の開示という2点を検討テーマとして取り上げるという内容です。

7月にのれんの定期償却を維持する方向性で決着に至ったことは、以前投稿した「「のれん」償却維持で決着へ! ー それでも非償却を望む企業がとるべき、現実的な選択肢とは?」で整理したとおりです。

今回の検討は、「のれん償却を行う前提のもとで、実務担当者や財務諸表利用者の使い勝手をどう改善するか」という議論です。

まず①の償却期間・償却方法の考え方の明示について、「企業結合に関する会計基準」では、のれんを20年以内のその効果の及ぶ期間にわたり、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却すると定めるにとどまっており、その「効果の及ぶ期間」の見積もり方については詳細な記載がないのが現状です。

そのため、実務では買収時の事業計画や投資回収期間、顧客基盤・技術ノウハウの持続期間などを踏まえて検討することになりますが、監査人との協議が長引く場面も珍しくありません。

「なぜ10年だと良くて、15年ではダメなのか分からない」といった話を、私も実務担当者から何度も聞いてきました。

あくまで考え方の明示なので、「業種ごとの目安の年数」のような内容が直接的に記載されることはないと思いますが、償却期間と償却方法の考え方が明示されるだけでも実務の負担は軽減されるという点で、私は肯定的に捉えています。

次に、②のれん償却前営業利益の開示について、日本基準ではのれん償却費を販管費に計上するため、営業利益は償却後の数値になります。一方、IFRSではのれんを償却しません。同じM&Aを実行しても、適用する基準によって営業利益の見え方が変わってしまう。

この比較可能性の問題への対応として、のれん償却前営業利益の開示を検討するというのが提言の趣旨です。

この点、私としてはのれん償却前営業利益を強制的な開示項目とはせず、任意でよいのではないかと考えています。理由は3つあります。

第一に、のれん償却前営業利益を会計基準の枠内に取り込めば、「償却後と償却前のどちらが本当の営業利益なのか」という曖昧さを制度が自ら作り出すことになります。営業利益を償却後の数値と決めている以上、その一貫性は保つべきだと思います。

第二に、のれんの重要性は企業によって異なります。のれんをほとんど計上していない企業にまで一律の開示を求めるのは、便益に比してコストが見合いません。逆に、のれんが経営成績に重要な影響を与える企業は、強制としなくても開示するインセンティブを持っています。決算説明資料やIR資料でのれん償却前営業利益やEBITDAを自主的に示している企業は、すでに数多く存在します。

第三に、強制開示とすれば、算定方法の統一という重い議論を避けて通れません。例えば、日本基準ではのれんの減損損失は原則として特別損失であり、営業利益には含まれていません。一方、IFRS第18号ではのれんの減損損失は営業区分に含まれます。つまり、のれん償却費を足し戻すだけではIFRSの営業利益と揃わないのです。営業利益の比較可能性を担保するためにどこまでを調整対象とするのか。こうした論点を詰めるうちに、開示の趣旨が当初意図していたものと異なる方向に進む可能性もあります。加えて、強制開示は監査・保証の対象という論点も呼び込みます。

なお、IFRSでは2027年1月1日以後開始する事業年度からIFRS第18号が強制適用され、経営者が定義した業績指標(MPM)の開示が求められます。指標そのものは経営者に委ね、開示する場合に定義と調整表を求めるという方向性はここでの論点と重なります。

日本基準でものれん償却前営業利益の開示を義務づけるより、任意開示を前提に算定方法の考え方を整理するほうが、比較可能性の向上にも国際的な流れにも整合するのではないでしょうか。

のれんの償却に関する議論は、いったん定期償却で着地しました。ここから先は、会計処理をどう変えるかではなく、いまある会計処理をどう説明可能なものにしていくかという段階です。

検討の行方は引き続き注視し、追って投稿していきたいと思います。