日本基準での「のれん償却議論」に関する私見

4月18日の日本経済新聞朝刊にて、「「のれん」の償却議論、日本でも」という記事が掲載されています(以下、記事より一部抜粋)

M&A(合併・買収)で生じる「のれん」の定期償却を今後も続けるべきかどうか。日本で会計ルールを見直す議論がにわかに盛り上がっている。

何が正解かは見通しにくいが、内外で基準差があると、投資家が企業の財務を評価しにくくなる弊害があることは揺るぎない事実だ。

企業にとっても事業戦略上の足かせの一つだ。経済同友会で規制・競争政策委員会委員長を務めるブイキューブの間下直晃会長は「M&Aの阻害要因となるのれんの規則的償却は見直すべきだ」と言い切る。特に時価総額で数百億円以下クラスの新興企業では、有望なM&A案件があっても償却費への懸念から断念したり、入札で高い価格を提示できず海外企業に競り負けたりするという。

「のれん償却が嫌ならIFRSに切り替えればいい」との指摘もあるが、新興企業にとっては簡単ではない。注記の数が膨大で財務諸表の作成や会計監査のコストがかさむためだ。間下氏は「せめて償却か非償却か選べるようにしてほしい」と言う。

のれん償却の記事が掲載されると、問い合わせや質問が増えるというのは恒例となってきました笑

まず、「日本はのれん償却の方針から揺るがないと思っていたが、非償却となる議論があったのか」と驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。

この点、収益認識やリースといった他の会計基準で、日本基準がIFRSに寄せて作成・変更されてきている傾向(いわゆるConvergence:コンバージェンス)が見られるなかで、のれんだけIFRSに寄せる議論が一切なかったと考えるほうが不自然だと思います。

ですので、私としてはのれんの償却議論が日本でも盛り上がっているという記事を読んでも特段の驚きはありませんし、記事にあるように「M&Aの阻害要因となるのれんの規則的償却は見直すべきだ」という声が上がるのも、特に経営者など実務家の立場からすると自然な考えのように思います。

では、これを受けて日本基準でものれん非償却となるのか。

あくまで現時点での私見ですが、他の基準と同様、IFRSに寄せる方向に変わる可能性はあるものの、その場合は派生論点や実務へのケアなど多くの検討事項や配慮すべき事項が求められること、リースなど他の基準の検討も現在進めていることなどから、仮に非償却に変わるとしても実務に適用されるのは2030年以降といった感じでしょうか。

また、「償却か非償却か選べるようにしてほしい」というのも、これも特に経営者の立場から出る意見だと思いますが、数十年にわたって日本のみならず世界中を巻き込んで議論されてきた論点が、最終的に選択適用に落ち着くことはまずないというのが個人的な見解です(数年前、当時のIASBフーガーホースト議長のもと、償却か非償却か多数決による採択が行われた際に、理事らに対して必ずどちらかを支持するよう求めたという話からも、選択適用という考えはIASBでも念頭にないと思います)。

あと、記事には「「のれん償却が嫌ならIFRSに切り替えればいい」との指摘もあるが、新興企業にとっては簡単ではない」という記載があります。その理由として、IFRSは注記の数が膨大で財務諸表の作成や会計監査のコストがかさむためとのこと。

この点、長年にわたってIFRS導入を支援してきた私の立場から述べると、まずIFRSは注記のボリュームが増加する傾向にあるというのは事実です。

ただし、新興企業はそもそも事業が多岐にわたっておらず、規模も小さく、従業員数も少ないというケースが多いこともあって、IFRSを適用して注記が増えはしても膨大になるという印象はありません

むしろ、近年は同業他社のIFRS適用事例を参考にできたり、私のようなIFRS導入支援について経験豊富な専門家も増えてきていることから、注記が膨大なためIFRS適用を断念するようなレベルではないと思っています。

また、IFRSは会計監査のコストがかさむという点ですが、これもたしかにIFRS適用に応じて監査コストが増加するという傾向はあると思います。

もっとも、新興企業ではそこまでIFRS適用によって会計方針の変更が求められる論点は多くなく、IFRSを適用したから監査報酬が1.5倍や2倍になるというのは通常考えにくいでしょう。

また、これは日本基準の適用企業にも言えることですが、事前に監査に耐えうる資料作りや自社の現状把握を行っていれば、監査にかかる工数を削減することは可能であり、監査コストの面からもIFRS適用を断念する理由にはならないと思っています。

そのため、新興企業にとってIFRSを適用することは現在では大きなハードルではないと思っていますし、私自身も近年は新興企業への導入支援対応や相談対応も増加していると感じています。

注記や監査コストについてそこまで神経質になることなく、自社の状況に応じてIFRSを適用するかの判断を行えばよいのではないでしょうか。

最後に一点加えておくと、「のれん償却が嫌ならIFRSに切り替えればいい」という話は実務でも耳にするのですが、これが飛躍してか、「IFRSを適用してものれんの処理が変わるだけなのに、なぜプロジェクトが数年に及ぶのか」と聞かれることがあります(特に経営者から。。。)。

言うまでもなく、日本基準とIFRSではのれん以外にも非常に多くの相違点があるわけで、のれんの償却処理だけが相違点として独り歩きするのは止めてほしいんですけどねぇ。。。