本日の日本経済新聞朝刊に、「私的整理、全債権者の同意不要に」という記事が掲載されています(以下、記事から一部抜粋)。
企業再建で民事再生などの法的整理は一般に時間がかかる。金融機関との協議の上で債務を軽減する私的整理は比較的簡便ながら、債権者全員の同意が必要なことがハードルだった。同意を得られずに結局、法的整理になるケースもある。
新たに検討する「私的整理円滑化法案」は多数決による決議と裁判所の認可で手続きを迅速に進める方式を想定する。
私もこれまで数十社の企業再生に関与してきたなかで、記事にもあるように私的整理で一番困難な問題が債権者全員の同意を得ることだと思っています。
特に融資を受けている金融機関の数が多くなるほど、全行の合意を形成するためのハードルは高くなる傾向にある。
実際に、私自身も10行程度の金融機関が融資を行っている企業の再生案件に関与し、最終的に全行合意にまでたどり着いたという経験があります。
合意に前向きな金融機関もあれば、最後まで抵抗を示される金融機関もあり、考え方はさまざま。
その案件では毎回総勢40名ほどが机を囲み、三歩進んでは二歩下がるという協議を何度も繰り返しましたが、全行合意に至るまでには大変な労力と時間を要しました。
そのような観点からは、全行合意ではなく多数決による決議が採用されれば、たしかにスピード感のある再生に繋がっていくと思います。
しかしその一方で、スピードを重視するために多数決にしたという話だけなら、従前から多数決でも良かった。それでは問題があるから全行合意にしていたという点は意識しておく必要があるでしょう。
まず、金融機関は仮に融資先の会社が再生案件となっても、全行合意の場合は自分たちの意見は尊重されるという前提が担保されていたといえます。
しかし、多数決となれば、自行が受け入れがたい結果となる可能性も十分に考えられる。今後はそういう状況を考慮して企業に融資を行うか否かの判断を求められ、場合によっては融資枠自体が縮小されるような流れとなってしまい、逆に再生案件を増加させてしまう可能性も考えられると思います。
次に、金融機関の合意を多数決にすることは、債権者の公平性に配慮しているかという点です。
先述した10行程度の金融機関の合意を得られた案件でも、たしかに多数決であればもっと早い再生が可能だったでしょう。しかし、金融機関と一言でいっても、メインバンクとして積極的に関与している金融機関もあれば、わずかな融資が残っているだけという金融機関もあり、再生企業への融資額や関与の程度、再生案件自体への関心の程度には大きな差があります。
もし仮に多数決による決議となると、例えば3行が融資している場合に、全融資額の9割超を占めるメインバンクが支援方法に賛成したとしても、1割にも満たない残りの2行が反対で一致したために再生は困難となったというようなケースも出てくることが想定されます。
このような場合に、多数決が本当に公平で債権者の利益に繋がる方法だといえるのか。例えば、一行一票ではなく、融資額の割合に応じて金融機関ごとに票数の重み付けを変えることも考えられるでしょう。
また、多数決の結果、融資額の一部を放棄するという支援になった場合、その決議に反対した金融機関の債権を他の金融機関などが買い取るといった選択肢もあるのかなども、債権者を保護する観点から検討する余地があるかもしれません。
再生案件で全行合意を得ることの難しさに何度も直面してきた立場としては、多数決によって合意が得やすくなるというメリットだけに焦点を当てるのではなく、上述の懸念点にも配慮したうえで、再生されるべき企業が適切に再生される新法案になってほしいと思います。